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Facebookは日本で成功するのか? [ソーシャルメディア]

Facebookがなぜ日本では流行らないのか?映画「ソーシャル ネットワーク」の封切りもきっかけになって、あちこちで、Facebookは日本社会で成功するかという議論がされています。別に流行に乗るわけではないですが、私自身、twitterなどに比べてもFacebookには違和感を感じる部分があるので、私なりに考えて見ました。

ザッカーバーグが初期に開発した「コースマッチ」というサイトでは、それぞれの講義ごとの名簿がオンラインで見られ、さらにその講義受講者名をクリックするとその人が参加している講義が見られる。私が所属する大学の場合、受講システムというソフトでその種の機能は存在はしているが、一般の学生や一般の教授・准教授でさえ、そのようなアクセスは禁止されている。それぞれの学生個人のプライバシーの侵害という見地からである。と言うのも、その種のアクセスがオープンになれば、どの学生がその講義の単位を落としたかが明らかになってしまうだろうということだ。このあたり、アメリカではまったく問題になっていないのだろうか?このように、大学内の生活を取ってみても、そもそもアメリカと日本でそれは大きな違いがある。

アメリカは、目立つほど得する社会。チャンスは平等なので、目立つとチャンスが来る。そして、アメリカは徹底的なコネ社会なので、コネをどう作るか、そのためには目立たないだめだと、という発想になる。アメリカでのコネとは、もちろん血縁関係や小学校の同期とかいうコネもあるけど、他に大学時代の知り合いというコネも大きい。日露戦争の時にアメリカを親日的に動かそうと日本政府が使ったのは、金子堅太郎がセオドア・ルーズベルト大統領とハーバード大学で同期というコネである。これは有効に働いたらしい。

日本は、目立つと損をする社会。就職も育ちや学歴などいろいろな要素が配慮され、実力はその一部でしかない。しかも、目立つ人は嫌われる。日本の社会にもコネはあるけど、日本で就職などに力を持つコネは親族のコネ。血縁関係のコネ。あるいは幼なじみのようなコネ。従って、Facebookで作れるようなコネではない。なので、Facebookでいくら頑張って交友関係を拡げても、それが就職等で役立つコネにはならないのは明らかなので、日本の若い人はそういう方向でFacebookを利用しようとは、まず思わないのではないか。

また、日本では、プライベートと表と分けたい傾向が目立つ。個人では、表社会にプライベートがわかって得することなんてないから。

私がFacebookに加入した瞬間にウチの研究室の学生が紹介されてきた。後日その学生に聞いてみたところ、「友達登録は即座に拒否します」とのこと。日本ではそうなんです。指導教授という絶対的上位にある上司に、自分のプライベートを覗かれたくない、それが学生に限らず日本人一般の心理でしょう。自分の密かな行きつけの店があるとして、それを仕事仲間などに知られずにいたいというのは、日本人によくある心理でしょう。

Facebookはまったく逆で、自分が密かに知ってる行きつけの店をFacebookに書いて大々的に宣伝し、それを見た仕事仲間やネット仲間が大勢やってくるのをお店に自慢して、宣伝効果に見合う値引きを要求するという感じでしょう。いかにもアメリカ的と言えます。

日本社会では長いこと、仕事仲間と職場以外でも毎晩お酒を飲むなど、一緒に行動する習慣があった。今では以前よりその傾向は少なくなってきたけれど、それでも根強い習慣である。そんな職場でもプライベートでもべったりという環境では、仕事仲間とは切り離された時間空間、あるいはネットワークは、ほっと一息つく憩いの場なのではないか。アメリカの場合はそんな昼も夜もというつきあいはなく、仕事仲間とは仕事の時間だけ。勤務時間が終わったらドライにそれぞれのプライベートな時間に散っていくから、むしろプライベートと仕事と両方わかってくれる仲間が欲しいという心情もあるのではないか。だとすれば、実名で公開するFacebookがアメリカで流行る理由もわかる気がする。

アメリカの大学で成長したシステムなのでFacebookは入るときに所属するネットワークを申告させてそのネットワーク内にいるFacebook加入者を紹介する仕組み。特にセキュリティの設定をしない限り、同一ネットワーク所属者同士はプロフィールなどの情報を自由に閲覧できる。これは「ネットワーク=所属する大学」と考えると同一大学の学生同士ならよくわかるシステムだが、日本で既に会社等社会で生活を営んでいる一般の市民が個人でいろんなプロバイダに加入していることを考えると、日本の個人ではネットワーク申告は意味が無い。docomo.jpのネットでFacebookを利用している人を紹介されたり自由に閲覧できるようにされても困るだけ。同じネットに加入していても、縁が無い人ばかり。メールのネットワークに加入している人はみんな知り合いと仮定しているSNSなので、日本の実情からは困ることが多い。

日本だと、法人にはいいかもしれない。個人には、Facebookのメリットはあまりない。日本だと、仕事場、仕事と関係あるネットワーク、家族、趣味、近所、さまざまなネットワークがあり、それぞれの何人かと繋がっている。それをいきなりフラットに解析されて、自分と繋がってる全員が友達の友達だと言われて紹介されちゃっても、困るだけ。メリットのある日本人は誰もいないのでは。例えば、大学の准教授をしている女性が近所の奥様方と子育てについてあれこれ井戸端会議をしているとき、普通は自分が大学准教授であるという肩書きは隠したいだろう。それを表に出すと近所づきあいがしにくいからだ。また、茶道に熱心な人が茶道の会合に出るときに、それぞれの仕事上のつきあいのある人の話などを持ち出して会話するなどは避けるだろう。あくまで茶道の会なら茶道に関係した友人に話を限るはずである。そうしないと、日本では特に大都市では人口が密集しているので、知り合いを増やしすぎるとプライベートが事実上無くなってしまう。

どうやら、Facebookは、基本的には、公開されて困る友人はいなくて、友人は多ければ多いほどよくて、友人の友人とたぐって知り合いになるのは、いい事に決まっているという前提で設計されているようだ。例えば、採用人事で水面下で接触してきて、結局応募しなかった人なんかが友人として扱われてFacebook上で公開されたりしたら、お互い困るだけでしょう。そんな配慮は基本設計では、なされていない。

Facebookの説明にも、「Facebookはリアルな交友関係のある人たちが、より緊密に繋がるところ」と表現していて、やはり警戒しなくていい知人関係を暗に仮定してシステムを設計しているようである。

文化がアメリカとは違うヨーロッパでは、Facebookは、どう使われているのだろう?


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